金にまつわる伝説とファンタジーまとめ

「金」には実際的な特性や魅力もさることながら、それが醸し出すひとつの「ファンタジー」としての魅力の要素があるように見受けられる。「金」とは言っても、人々は「金鉱を掘り当てる」とか「金原石を掘り起こす」ことには、それほどの興味を示さない。1848年にアメリカ・カリフォルニア州で起こったゴールドラッシュのような、「現実的」で「粗野な」イメージのある「金鉱石の発掘」には、何らの「ロマン」を見出さないのである。従って「未発見の金鉱」についての伝説は、世界のどこかにあってもよさそうなものであるが、全く耳にしない。そうではなく、水に洗われて丸味を帯びたナゲット(塊金)や、インゴットやコインに加工された金のイメージがはるかに好まれる。そのような金がどこかで「地中に埋められ、隠されている」のを発見することが、人々の心を鷲掴みにするのである。これは「消えてどこかに埋もれている」という点で、エル・ドラードやシボラのような黄金都市のありかや、黄金列車や虹のふもとの金の壺のような埋蔵伝説に、全て共通している要素である。これこそが、金にまつわる伝説やファンタジーの最強のアピール点であると言える。

このように伝説やファンタジーと言う形でも、金には人をワクワクさせる魅力がある。しかもこの「ワクワク」という表現は、マルコ・ポーロの「東方見聞録」で使われた、「日本」の古称である「倭国(わこく)」から来ているとする説がある。そうなると「金=ワクワク=ジパング」という公式が成り立つから、「黄金の国ジパング」という表現が、ある意味では正しかったことになる。これこそ正に、偶然中の偶然と言えるであろうか。